NAKAMOTO Keisuke "Daily"

日記的な。公的な研究テーマは官僚制、私的な研究テーマは汝南袁氏(轅濤塗から袁世凱まで)。歴史学と政治学・経済学の境界を彷徨うための準備期間中です。ここで書いてる小ネタは、十年前の卒論の際の小ネタメイン。

後漢

後漢研究とプロソフォグラフィーに関する覚え書き

後漢研究とプロソフォグラフィーに関する覚え書き 後漢研究において、特に戦後に顕著であるが、プロソフォグラフィー的方法論をとった研究が行われた。かかる手法が援用されるに至る前段階として、川勝義雄による、後漢魏初の門生故吏であったり名士*1のグル…

後漢官僚の一形態

後漢官僚の一形態 後漢末、外任にあった官僚の中には、『後漢書』もしくは『三國志』、あるいはその両方に立傳されながらも、官歴のあやふやな者も多い。その理由はいくつか想定できるが、最大の理由は建安年間(おそらく最初期)に、許の獻帝もしくは荊州の…

參録尚書事

參録尚書事 「録尚書事」、後漢の官制史において、特に研究史の上で、この四字ほど重大な意味を持つものはなかろう。しかしこれは、この四字の故ではなく、主として尚書臺の権限・機能に関わってのことであった。またかかる問題より発して、前漢の「領尚書事…

南郡胡氏と建寧年間

南郡胡氏と建寧年間 胡廣、あるいは同姓同名の明の政治家を思い浮かべる人もあろうし、馮道の史評によって、その名を知る人もあろう。漢代史、あるいはより限定して後漢史以外では、その名・事績はほとんど知られていないのではないだろうか。もっとも、事績…

大臣たちの死

大臣たちの死 ところで中平元年から二年にかけて、主要な官僚が次々と亡くなっている。先の記事にあるように、光和七年=中平元年には、 四月頃:張濟五月:橋玄 と亡くなっているし、続く二年には、 二月:劉寬十月:楊賜 と亡くなっている。「袁紹の父 袁…

中平元年

中平元年 中平元年は黄巾の乱がおこった年として広く知られている。この年は光和七年で、黄巾の主力が壊滅した段階で改元された。改元が行われたのは、十二月己巳、この月の朔は辛酉であるから、己巳は二九日であるから、実際に中平元年の元號が記された行政…